宇宙以前 最果タヒ
1.宇宙人
「きみは自分のことを生き物って思っているかもしれないけれど、ぼくらが保護したい、いのちとは別物で、(きみが思っているよりずっと)たいしたことないからね」
うん。ぼくはきっときみたちにとって、生きていない、死んでもいない、はじめから「生物」じゃない。だれもが当然だと思う「重んじるべき生命」じゃない。科学的に調べ、生物だと結論づけることはもちろんたやすいけれど、かといってそれを本質的に理解することはきみには不可能ね。
ぼくらときみたちはあまりにも違いすぎた。たとえばぼくらが石ころを渡され「そいつもいのちです」と言われたら嫌悪も、嫉妬もなくただ否定するだろう。同じようにかれらはぼくらを否定する。「きみたちは、さほど生きてないよ」って。まるで生物を殺すぐらいなら死んだほうがましと言った口で野菜を噛み砕くベジタリアンのごとくさ。生物であるはずのものを、生物として扱えないのは、生命というものがはじめから感情に沿って定義されたものだからだろう。花をたおることにさえ躊躇する少女がいる一方で、大多数は動物を殺すぐらいなら植物を殺すではないか。「知っている? 動物は植物になれなかった落ちこぼれの生命が、仕方なく進化した末路なんだって!(びっくり!)」ぼくらは植物を下位に見て、動物を優先している。その根拠はかんたんで、動物が植物より自分たちに似ているからだった。
だからぼくたちはきみを否定しちゃう。きみたちもぼくを否定しちゃう。まったく異なるきみたちを、ぼくらと同じだなんて思えない。動くぼくらが動かない植物を軽んじちゃうみたいに、あたりまえのことを指摘するみたいに言ってしまうんだ。「あなたたちは、いのちじゃありません。たいしたことありません。ごめんなさい、だって本当に、あなたたちって生きていないじゃないですか、わたしたちは生きているけれど、あなたたちは生きていないじゃないですか、それが事実じゃないですか。あなたたちは勘違いしているんです。あなたたちはいのちじゃなくて、……なんなんですか?」
「宇宙人です」
宇宙人に会いたい。それってとても楽しそうだ。きっと宇宙人に会えばぼくはこんなことを議論するだろう、やあ、きみはどうやら生命ではないようだね、そして宇宙人も負けずにあなたこそ生命ではないようだ、と言い返す。ぼくと宇宙人はたがいにいつまでも否定しあい、おまえなど生きていないと叫び続けるのだ。決定事項だ、まったく関係のないところで、まったく地球と異なる生命体が誕生し進化しているとしたら、それらの生命の概念はぼくら地球上にある生命の概念と一致などしない。宇宙人を本質的な生命だと認めることは出来ないに違いなかった。ぼくらにとってかれらはいのちではないし、そしてそれはかれらにとっても同じだ。争いは避けられず、それなのにぼくらもかれらも、いのちであることになんの根拠もない神聖さと、誇りを抱いている。ぼくらがかれらと遭遇すればきっと、あたりまえだったはずの生命としてのアイデンティティが引き剥がされ、自分になんにもないことに気付くのだろう。生物であるという点でしか自己の価値を保てないことに気付く、生きるということにしか自己を見出していなかったことに気付く。生命であるという事実がぼくらを形作っていたならばそれを失ったときぼくらはなんになるのだろうか。だから、ぼくは宇宙人に会いたい。
"「宇宙以前」(作・最果タヒ)冒頭部分
(via tahi)
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